糖尿病合併症について

糖尿病は自覚症状があらわれにくいため、血糖コントロールが悪い状態を長く放置すると全身の血管が傷つき、その血管とつながっている臓器が影響を受けて様々な障害が起こってきます。
数年から数十年の経過でゆっくり起きる合併症には最小血管症、大血管症があります。

最小血管症

最小血管症は糖尿病に特有な合併症で、細い血管が障害されて起きます。
代表的な疾患に糖尿病神経障害糖尿病網膜症糖尿病腎症があります。

糖尿病神経障害

症状は障害を受ける神経によってさまざま見られます。

  • 末梢神経の感覚神経障害をきたし、足先のしびれやや痛みを感じるようになりますが、さらに進行すると感覚が鈍くなり、画びょうなどを踏んでも痛みを感じなくなります。心臓にも感覚神経があり、心臓神経に異常があると心筋梗塞を起こしても痛みを感じないことがあります。
  • 自律神経障害も起きることがあります。胃腸運動に異常が起きると胃の働きが悪くなったり、便秘や下痢が起きやすくなります。食べ物の吸収スピードにも変化があって、血糖の上がり方に影響を及ぼすことがあります。また、血圧の調節障害が起きると急に立ち上がると血圧が下がってたちくらみをきたす起立性低血圧になります。心臓の脈拍に異常を認めることもあります。膀胱や生殖器の自律神経障害が起こると排尿障害、残尿、勃起障害を認めます。汗を出す自律神経がうまく働かなくなると、汗をかきにくくなり乾燥肌になります。
  • 運動神経障害による筋力低下や筋委縮が起こることがあります。顔面や、眼球の動きに関係している神経が障害されると顔面神経麻痺や眼球運動の障害が起こります。
診断
診断は上記症状があり、アキレス腱反射、モノフィラメント検査、振動覚検査、心拍変動検査などを組み合わせて行います。
治療
治療は軽症の場合は血糖コントロールを良好に保つことが有効です。
症状に応じて日常生活の改善、対応を行い、必要に応じて薬物療法を行います。

糖尿病網膜症

眼の奥にある網膜の細い血管が傷んで血流障害が起きたり、血液成分が漏れ出したしすることから始まり、進行すると出血が進んで硝子体出血を起こしたり、網膜剥離を起こし視力低下や失明の原因になります。以前は糖尿病網膜症が失明の原因として1番でしたが、内科、眼科治療の進歩により3番目となっています。
糖尿病網膜症にはいくつかの病期分類がありますが、以下の3つに分けるDavis分類が広く使われています。

  1. 単純網膜症
    血管がもろくなって点状出血をきたしたり、漏れ出た血液成分の中のたんぱく質などが網膜に沈着して硬性白斑ができる状態ですが、自覚症状はほとんどありません。
  2. 増殖前網膜症
    血管の障害が進行して閉塞してしまい、網膜の中に栄養や酸素が届かない場所ができてしまいます。その近くの血管の走行に異常を認めるようになったり、軟性白斑ができたりしますが、この時点においても自覚症状はないことが多いのです。
  3. 増殖網膜症
    血管が閉塞した部分に栄養や酸素を届けるために新生血管が新たにできた状態です。新生血管はもろくて出血しやすく硝子体出血を起こしてしまうことがあります。また新生血管のところに増殖膜ができて網膜を引っ張ると網膜剥離を起こします。さらに眼球の中の房水という液体が流れている場所に新生血管ができて流れを塞いでしまうと、眼圧が上昇して血管新生緑内障を起こすこともあります。
    これらの状態を認めるようになると視力低下をきたし失明に至ることもあります。

糖尿病黄斑症

網膜の中でも視力に重要な場所にある黄斑に浮腫を認める状態で、糖尿病網膜症の早期から晩期のどの病期でも発症する可能性があります。

診断
診断のための検査は視力検査、眼圧検査、眼底検査、細隙灯検査、光干渉計検査、蛍光眼底検査、視野検査などがあります。病状に応じてこれらの検査を組み合わせて行います。
治療
治療は網膜症の状況に応じて選択されます。単純網膜症が出現したとき、良好な血糖コントロールを保つことで網膜症がない状態に改善させることができます。
増殖前網膜症や臓初期網膜症、糖尿病黄斑浮腫の場合は網膜光凝固術(レーザーによる治療)、硝子体手術、ステロイドや抗VEGFの硝子体内注射などが行われます。

糖尿病腎症

腎臓には細い毛細血管が球のように束ねられている「糸球体」が一つの腎臓当たり100万個あり、血液をろ過して体内の老廃物を尿として排出する働きをしています。血糖値が高い状態が続くと糸球体が傷んで、本来からだに必要なアルブミンや蛋白が尿に漏れ出してしまいます。腎機能低下が更に進むと濾過できる血液の流量(糸球体濾過量GFR;Glomerular Filtration Rate)が低下し、老廃物や余分な水分が身体に溜まっていきます。末期腎不全に至ると透析療法が必要になりますが、2021年末の時点で透析導入の原因として最も多いのが糖尿病腎症です。

症状
病状が進行するまでありません。尿中に大量の蛋白が出て、血液中の蛋白が減少すると浮腫みが出てきます。腎不全が進行し尿毒症の状態になると食欲低下や強い疲労感などを認めるようになります。
検査
尿検査と血液検査があります。
尿検査では尿アルブミンや尿蛋白を測定し、腎臓の障害の程度を調べます。
血液検査ではクレアチニンを測定して年齢、性別に応じてeGFRを算出します。
これらの検査結果から糖尿病腎症の病期を分類し、治療に役立てます。

糖尿病腎症の病期分類

病期 尿アルブミン値(mg/gCr)
あるいは
尿タンパク値(g/gCr)
GFR(eGFR)
(mL/分/1.73m2)
第1期
(腎症前期)
正常アルブミン尿(30未満) 30以上
第2期
(早期腎症期)
微量アルブミン尿(30~299) 30以上
第3期
(顕性腎症期)
顕性アルブミン尿(300以上)
あるいは
持続的タンパク尿(0.5以上)
30以上
第4期
(腎不全期)
問わない 30未満
第5期
(透析療法期)
透析療法中
治療
病期に応じて、血糖値、血圧、脂質のコントロール、生活習慣の改善、食事療法、薬物療法、透析療法を行います。早期腎症の時点で血糖値や血圧を良好にコントロールすると、腎症の進行を抑えることがでます。腎不全が進行してしまうと、蛋白制限やカリウム制限、塩分制限など個々の病状に応じて腎臓病のための食事療法を行います。腎機能が著しく低下した場合、人工的に腎機能を補う透析療法を行いますが、血液透析と腹膜透析の二つの方法があり、いずれかを個別に判断します。

大血管症

高血糖が続くことで心臓の冠動脈、脳の血管、手足の血管(末梢動脈)などの大血管が障害されます。
高血糖の程度が軽くても、高血圧や脂質異常、喫煙などが重なると動脈硬化が進むことがあり、これらの危険因子をあわせて管理していくことが大切です。

冠動脈の病気(心筋虚血)

心臓に酸素や栄養を送っている冠動脈が動脈硬化を起こして細くなってしまうと血液が十分いきわたらなくなり狭心症を起こします。
冠動脈が完全に閉塞してしまうと血流が途絶えて心筋梗塞を引き起こします。

症状
狭心症や心筋梗塞では通常、胸部圧迫感や胸痛などがありますが、糖尿病神経障害のために症状を感じなくなってしまう場合があるため(無症候性心筋虚血)、症状がなくても定期的な検査が必要です。狭心症や心筋梗塞が疑われる症状を認めたら、迅速に医療機関を受診しましょう。
検査
心臓から出ている電気信号を記録する心電図検査を行います。更に必要に応じて心臓超音波検査、冠動脈CT、負荷心筋SPECT、冠動脈造影と検査を進めていきます。
治療
冠動脈の病気を予防するためには、血糖、血圧、脂質の良好なコントロールと禁煙が重要です。
冠動脈の病気が見つかった場合は血液をサラサラにする薬やコレステロールを下げる薬を服用します。病状が進行すると心臓の血管をカテーテルで拡げたり、心臓の血管を他の血管とつなぎ合わせる手術を行います。

脳血管障害

脳に栄養を送る血管が障害されて、血管が詰まって脳梗塞が起きたり、破れて脳出血が起こることがありますが、糖尿病では脳梗塞が多くなっています。
また小さな梗塞が多発する傾向があり、軽い脳梗塞を繰り返して徐々に脳血管性認知症に至ることがあるといわれています。

症状
片方の手足が動かなくなったり、感覚に異常が生じたり、うまく話せなくなったり、意識障害が起こることもあります。これらの症状が現れたら迅速に医療機関を受診しましょう。
検査
脳に近い頸の血管を超音波で調べ、動脈硬化を起こして血管の壁が厚くなっていないかを確認する頸動脈エコーを行い、脳梗塞を予防する対策につながることもあります。頭部CTや頭部MRI・MRAでは脳血管の狭窄や、脳梗塞、脳出血を評価します。脳の中で血流が悪くなっているところがないかを調べる脳血流シンチグラムを行うこともあります。
治療
脳梗塞を起こして間もない場合、つまってしまった血栓を溶かす治療を行うことがあります。再び脳梗塞が起こるのを予防するために血液をサラサラにする薬を服用します。

末梢動脈の病気

手や足の血管が動脈硬化を起こして細くなってしまう状態で、糖尿病患者さんの10~15%に合併が見られます。特に足の血流が悪くなると様々な症状が現れます。

症状
症状によってFontaine分類を用いて病期診断を行います。
Fontaine 分類
Ⅰ度:足が冷たく感じたり、しびれたりする(冷感、しびれ感)
Ⅱ度:しばらく歩くと足が重くなったり、痛くなったりする(間欠性跛行)
Ⅲ度:動かないでいるときでも足に痛みを感じる(安静時疼痛)
Ⅳ度:血流が悪いため足に潰瘍ができたり、壊疽ができたりする(皮膚潰瘍)

検査
足背動脈や後腓骨動脈の拍動が弱くなったり左右差がないかを指で触れて確認したり、心臓足首血管指数(CAVI)、脈波(PWV)を行うことで、動脈硬化が進んで足の血流が悪くなっていないか簡便に調べることができます。更にMRA、下肢動脈造影などの検査は、下肢の血管を写し出すことで血管のつまりや、細くなっている場所を確認できます。
治療
血液をサラサラにする薬や血行を良くする薬を服用します。血管の状況によってはカテーテルで血管を拡げる治療や外科的にバイパス術を行うこともあります。足が壊疽になってしまった場合、やむなく足を切断しなければならなくなることもあります。